S ら著名なミュージシャンが市民バンクを立ち上げたこともあり、急速に知名度は高まっている。 ネット系、事業会社系の金融機関、無認可共済団体、そしてNPO。
新たな市場の開拓者が年を追うごとに勢いを増す。 1990年代後半までの規制でがんじがらめの時代は銀行、証券、保険がそれぞれの業態の中だけで個人顧客を奪い合ってきた。
しかし、これからは金融が業態をまたぎ、しのぎを削る相手が無数に広がった。 「顧客に評価されれば、自然と後からお金はついてくる」とネット系大手、 M 証券社長の M は語る。
ゲリラ部隊の活躍は銀行業界にとどまらない。 証券業界ではもはや日常の風景になった。
株式市場のメッカ、T 取引所の周辺にはここ数年、分譲マンションの姿が目立つようになった。 中小の地場証券が収益悪化から次々と自社ビル跡地を売り出したからだ。
株式市場の中心地である東京・茅場町の景色は、がらっと変わった。 利用者の利便性に立脚したサービスならば、想定したよりも早いスピードで普及する可能性がある。
業界の秩序があちこちで崩れる。 「あんな逸材を出していいのか」2004年秋 D 証券グループ本社副会長の K は社長の S に迫った。

ドル箱の仕組み債や外貨建て債の第一人者である K を、 MS 銀行へ出向させる人事を決めたからだ。 1987年入社の「エース」放出に社内では驚きの声が渦巻いた。
D 証券と旧 S 銀行。 98年、 D から法人部門を切り離して旧 S が4割を出資。
大手証券と大手銀行が初めて包括提携した。 銀・証融合の象徴だが、今も連合内はバトルを繰り広げる。
「 D 証券と手を組んでもメリットは薄い」04年3月の証券仲介業解禁。 その直前、 MS は傘下のS証券との提携を早々と決める一方、打診を受けていた D 証券の結論を先送りした。
D は K 人事でラブコールを送ったが、 MS は「連結収益増加につながるフレンドを優先するのは当然」と冷ややかだ。 90年代後半からの金融再編で大手銀は一斉に準大手証券を傘下に入れた。

だが、証券マンと銀行員はお互いに相容れない。 大手銀は業態の垣根を守ろうとする証券界を「古い」と攻撃。
証券は株式持ち合いで影響力を持ったまま証券参入をうかがう銀行を「不公正」とけん制してきた。

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